ポストさんてん日記

放射線・エネルギー・環境・化学物質・食品などの情報をアーカイブとして整理すると同時に、徒然につぶやいています。 リンクはご自由に。

捕鯨問題と国際法 児矢野マリ

[ 2014/05/01 (木) ]
勉強のために、捕鯨問題と国際法PDF(児矢野マリ 国際常民文化研究機構・神奈川大学日本常民文化研究所 2010/12/10)の全文引用。

はじめに

捕鯨は、長い歴史と多様な文化に支えられた人類の営みである。そして今日では、鯨類という海産哺乳動物の捕獲活動として、海洋生物資源の利用と保全に関する国際法に服している。けれども現在、捕鯨をめぐる状況は錯綜している。そして、捕鯨問題は、生物資源の国際管理に内在する重要な論点を提起している。資源の持続可能な利用、持続可能な漁業の問題、さらには、対象となる生物資源をいかにとらえるかという、自然観を含む価値の問題にも関わる。
そこで本稿では、国際法の観点から捕鯨問題の現状と課題を整理し、国際社会における漁業の将来について考えるヒントを提供したい。以下では、まず捕鯨・鯨類に関する国際法の基本的枠組を整理し、次に国際捕鯨取締条約の規律について、国際捕鯨取締委員会(IWC) の活動の展開にも言及しつつ、説明する。そして、今日の捕鯨論争を法的観点から分析し、国際法上の評価を行う。最後に、それまでの議論を前提に政策論の観点から、正当かつ実効的な国際管理制度の再構築に向けた取組について展望する。

1 捕鯨・鯨類に関する国際法の枠組

国際法の観点から捕鯨を考えるとき、次に掲げる3つの視点が必要となる。国際漁業法と国際環境法の並存・交錯、一般国際法(慣習国際法)と条約の関係、および、普遍条約(地球規模の条約)と地域条約の補完作用である。
(1)国際漁業法と国際環境法
捕鯨は漁業であると同時に、海産哺乳動物という野生動物の捕獲でもある。したがって今日の国際法では、捕鯨は国際漁業法の規制とともに、野生動物の捕獲として、国際的な環境保全のための規律、つまり国際環境法の規制にも服する。
国際漁業法と国際環境法はいずれも国際法の1つの分野であるが、歴史的には国際漁業法が先行してきた。伝統的に国際漁業法は漁業の発展を重視し、漁業国間の利益の配分調整を主眼とする。そして、19世紀から条約の締結などを通じて発展してきた。また近年では、漁業資源の枯渇への懸念から生物資源の保存とのバランスも重視され、持続可能な漁業をめざす法規制jが進んでいる。
他方で、国際環境法は、タンカー事故からの海洋油濁汚染、越境の酸性雨問題などを受け、1960年代から本格的に登場してきた。 そして72年の国連人間環境会議を経て、越境汚染の防止、絶滅危倶種や生物多様性の保全などの方向で、多国間条約を通じて急速に発展している。その過程で、鯨類を含めた魚種も射程範囲に入るようになった。一般に国際環境法は、環境・生態系の保全、生物多様性の保護における利益の実現をめざす。けれども、80年代後半からは環境保全と経済開発・天然資源の利用との緊張関係も注目を浴び、両者のバランスに着目した、持続可能な開発持続可能な資源の利用という考え方が、現在の国際環境法における1つの重要な概念となっている。
以上のように、国際漁業法と国際環境法は、並存しつつも、とくに1980年代末頃から持続可能な開発・資源の利用という概念の下で交錯するようになってきた。ただ、本来の目的の相違、科学的知見をめぐる問題、さらに関係者の政治的な思惑を背景に、漁業利益と保全利益との比重をどこにおくかをめぐり、議論は一定しない。こうして、海洋生物資源の管理について、理論的には持続可能な漁業の観点から両者の架橋は可能と忠われるにもかかわらず、「漁業派」と「環境派」の対立は根強く、現実の事態は錯綜している。最近話題の大西洋クロマグロをめぐる国際的な争いも、その一端である。
(2)一般国際法(慣習国際法)と条約との関係
国際法は、すべての国が守るべき一般国際法(慣習国際法)と、締約国だけが守ればよい条約の形で存在する。一般国際法上、漁業を含む海洋生物資源の利用は、海洋の地理的区分に従い規律され、捕鯨も同様である。具体的には、内水(湾等)や領海内の捕鯨は沿岸国の排他的管轄権に服する。領海以遠の200カイリ排他的経済水域(EEZ) 内の捕鯨には、沿岸国の優先的権利が及ぶ。また、公海での遠洋捕鯨は、公海自由の原則に基づき諸国の自由である。そして、捕獲した魚種も、国家は自由に取引できる。
けれども、今日では乱獲を防ぎ海洋生物資源の保全を図るため、条約が締結されている。これは捕鯨・鯨類についても同様である。条約は一般国際法に優越して適用され、その締約国はより厳しい条約の規律を守らなくてはならない。
(3) 捕鯨・鯨類に関わる条約
捕鯨・鯨類に関する現行の国際条約としては、まず、普通条約として国際捕鯨取締条約(ICRW)がある。 これは、後で詳しく説明する。
次に、漁業一般に関する規則を含む条約として、関連海洋法条約がある。この条約は、漁業に関する基本的な規則として、EEZについては沿岸国の優先的漁業権および生物資源の保存と最適利用の義務を、また、公海についてはすべての国の漁獲の権利および生物資源の保存の義務を定めている。さらに海産哺乳動物については、EEZに関する65条が「適当な場合には国際機関が海産哺乳動物の開発についてこの部に定めるよりも厳しく禁止し、制限し又は規制する権利又は権限Jを認め、鯨類については、その保存、管理と研究のための適当な国際機関を通じての活動を求めている。そして公海・についても、120条が65条の適用を定めている。こうして、国連海洋法条約は、海産哺乳動物についてより厳しい規制の可能性を認め、国際機関を通じた鯨類管理を求める。ただし、その具体的な方法や態様については、各締約国の判断に委ねている。
そして、環境条約としては、まず、野生動植物国際取引規制ワシントン条約(CITES) (1973年)は、絶滅のおそれのある野生動植物種の保全のため、一定種類の野生動植物とその製品の国際的な商業取引を規制している。この条約は、絶滅のおそれの程度に応じ規制対象種を3つの附属書(附属書Ⅰ、ⅡおよびⅢ) に掲載し、その輸出入を締約国の許可の下におく。現在、すべての鯨種が附属書に掲載されている。ただし日本は附属書Ⅰに掲載されている鯨種のうち7種(ナガスクジラ、一定の個体群を除くイワシクジラ、マッコウクジラ、ミンククジラ2種、ニタリクジラ、ツチクジラおよびカワゴンドウ)について留保を付している。 したがって、日本はこれらの鯨種について、この条約の附属書Ⅰにそった規制は受けない。次に、移動性野生動植物種保全ボン条約(1979年)は、絶滅のおそれの程度により規制対象種を2つに分け附属書に掲載し、当該種の地理的管轄国である締約国に、一般的な保全義務を課す。小型の鯨種を含めて、40以上の鯨種が附属書に列挙されている。日本はこの条約に入っていない。最後に、生物多様性条約は、生物多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用および遺伝資源の利用から生じる利益の衡平な配分をめざす、枠組条約である。海洋の生物多様性も含むので鯨類もその射程に入るが、一般的義務を定めるにとどまる。
さらに、捕鯨・鯨類に関する主な地域条約として、第1に、南極海洋生物資源保存条約(CCAMLR) (1982年)は、南極条約を前提に広大な南極海域で、鯨類など広範囲の生物資源の保存を図る。第2に、北大西洋海産哺乳動物委員会協定(NAMMCO協定) (1992年)は、北大西洋の海産哺乳動物の保全、管理及び研究の実施と発展をめざし、持続可能な利用の重要性を明記する。これは捕鯨国アイスランドの主導で締結され、ノルウェー、デンマーク自治領フエロー諸島、グリーンランドといった、捕鯨国や自治体が参加する。第3に、バルト海及び北海の小型鯨類保全協定(ASCOBANS) (1992年)と、地中海及び大西洋接続海域の鯨類保全協定(ACCOBAMS) (1996年)は、ボン条約を具体的に実施するための条約である。鯨類の持続可能な利用を念頭におかず、たとえば捕鯨国ノルウェーはASCOBANSに入っていない。

2 国際捕鯨取締条約(ICRW) における規律

(1)基本的な仕組
国際捕鯨取締条約(ICRW) は、乱獲防止により鯨類資源の適切な保全を確保し、捕鯨産業の秩序ある発展を可能にすることをめざして、1946年に採択された。そのきっかけは、先進諸国による乱獲の結果、とくに南極海での鯨資源の激減が懸念されたことである。そしてICRWは、その下で設立された国際捕鯨取締委員会(IWC) の活動を基礎に、これまで捕鯨の規律で中心的な位置を占めてきた。
この条約は、海洋の地理的区分とは無関係に、13種の鯨類(すべての髭鯨類とマッコウクジラとトックリクジラの仲間)の捕獲を規する。漁期の設定や捕獲数の制限など、捕鯨の具体的な規則は、条約の付表にある。 IWCは投票数の4分の3の多数決で付表を改正できるが、各締約国は異議を申し立てれば、その改正に拘束されない。そして、付表の改正は条約規定(5条)に従い、条件を充たすことが必要である。条件とは、その改正が、「条約目的の遂行かつ鯨資源の保存、開発や最適利用にとり必要であり、科学的認定に基づき、母船や鯨体処理場の数や国籍を制限せず、母船(群)や鯨体処理場に(群)に特定の割当をせず、かつ、鯨生産物の消費者と捕鯨産業の利益を考慮していること」である。 そして、IWCの下部機関として、締約国政府指名の科学者からなる科学委員会(SC) がある。SCの科学的な判断はIWCの活動を支え、その決定の基礎となるものとされている。
この条約の締約国は88ヵ国(2010年1月1日現在)であり、そのうち捕鯨国は少数である。日本は1951年にこの条約を批准した。国連の全加盟国数は192(2010年1月1日現在)であることを考慮すれば、締約国数は決して多くはないといえよう。
(2) 国際捕鯨委員会(IWC) による管理の展開
IWCによる捕鯨の管理は、歴史的に好余曲折している。それは、次のように主に5つの時期に分けられる。
①第1期(1948-71年):初期の資源管理の失敗と反省
当初IWCによる捕鯨の制限は、捕鯨国間の鯨油の生産調整を目的とし、南極海の髭鯨だけを対象としていた。「シロナガス換算方式J(BWU方式)は、シロナガスクジラを基本単位とし、すべての鯨種を含む総捕獲枠制である。そのため効率の良い大型鯨が乱獲され、大幅に減少した。
他方で、1950年代に鯨油価格の停滞から、英国、米国、オランダ、オーストラリアなど主要捕鯨国が捕鯨から撤退した。それに伴い、捕鯨産業の利益を優先するIWCの姿勢も変わり始めた。大型鯨類の減少を懸念し、SCも含め資源状況の評価と保全策の検討に乗り出した。そして、南極海の国別捕獲枠の設定、稀少鯨種の捕獲禁止などを実現した。
②第2期(1972-81年):科学的知見に基づく保全の実現から、科学の場への政治的介入の増大ヘ
それまでの流れを受け、IWCでは1970年代前半に、科学的知見に基づく保全の方向が現れた。72年の国連人間環境会議は、商業捕鯨モラトリアムを勧告したが、IWCは、包括的なモラトリアムは科学的根拠に欠けるというSCの判断に従い、否決した。同時に、BWU方式を廃止して種別の捕獲制限措置を採用し、また、二国間合意による国際監視員の相互派遣制度も実現した。さらにIWCは、科学的な管理のためにSCが作成した新管理方式(NMP) も採択した。
ところが70年代後半には、環境保護運動の一環としてIWC内外で反捕鯨の動きが激しくなり、科学の場への政治的介入が増大する。とくにNMPの実施が技術上難しいことが判明し、さらに、SCのメンバーが増大すると、NMPをめぐる科学的不確実性の主張がSCでも強まった。非捕鯨国のIWC加盟も激増し、反捕鯨国はIWCの多数となった。そしてIWCは、「インド洋サンクチュアリ」の設定を決定した。この動きは、75年に発効したCITESでの附属書掲載種の増加とも連動する。また、第三次国連海洋法会議でも、海産哺乳動物への最適利用の適用に疑問が出され、国連海洋法条約65条の規定に繋がった。
③第3期(1982-94年):保存主義の台頭と商業捕鯨モラトリアム
IWCでの反捕鯨国の激増により、IWCの保存主義的な傾向は決定的になった。まず、1982年商業捕鯨モラトリアムの決定である。これは、科学的データが不十分な現状では捕鯨の一時的中止が鯨類資源の保全に不可欠であるという、反捕鯨国の主張に基づく。けれども、その基礎にSCの合意はなかった。ただし、北米イヌイット族など、元来捕鯨に依存してきた人々の捕鯨は「先住民生存捕鯨」として認められた。以上の決定に対して、日本、ノルウェー、ペルー、旧ソ速は異議を申し立てたが、日本とペルーは米国の圧力に屈して異議を撤回した。次に、インド洋サンクチュアリの10年延長と、94年の「南極海サンクチユアリ」の設定である。いずれもSCの合意を基礎としない。これらに対して日本は異議を申し立て、捕獲調査を行っている。最後は、SCで資源評価と科学的方法が向上したのに、IWCでは科学的な捕鯨管理が実現されないことである。SCは、保全を十分に考慮した改訂管理方式(RMP)を採択したが、IWCでは監視取締制度の整備が進まず、RMPを含む改訂管理制度(RMS)は採択されない。こうして、
モラトリアムは見直されなかった。
以上の動きを踏まえ、各捕鯨国は独自の対応を始めた。日本は商業捕鯨を停止し、太平洋と南極海で捕獲調査を始めるとともに、ミンククジラの沿岸捕鯨枠の設定を毎年提案している。ノルウェーは調査捕鯨に加えて、93年に小規模の商業捕鯨を再開した。アイスランドも捕獲調査を始めたが、92年にIWCを脱退しNAMMCOを設立した。とはいえ、もくろみが外れてNAMMCOは期待ほどに成功せず、2002年に商業捕鯨モラトリアムの付表改正に留保してIWCに復帰し、2006年に商業捕鯨を再開した。ロシアは先住民生存捕鯨以外の捕鯨を停止した。
④第4期(1996年-2005年):議論の腸着
ところが、1990年代半ばから、IWCでは反捕鯨国と捕鯨推進国の数が措抗し、議論は謬着するようになった。反捕鯨国の脱退と持続的捕鯨を支持する非捕鯨国の加盟が増え、双方とも付表改正に必要な多数とならないからである。他方で、科学的知見に基づく保全的な管理も実現しない。すなわち、97年にはRMPを含むRMS作成作業が停止した。また2003年には、鯨類の「保護委員会Jの設置を含むベルリン・イニシアチブも、僅差で採択された。
⑤第5期(2006年~現在):対話から事態の打開へ?
けれどもIWCでは、膠着状態を打開しIWCを正常化するため、反捕鯨国と捕鯨推進国との間で対話が始まった。2006年のIWC決議を受け、2008年には、包括的合意案を作成する作業グループが設置され、数回の会合を継続している。 2010年のIWC年次会合における合意の採択をめざし、現在、議論が進んでいる。

3 捕鯨論争の内容と評価

(1)捕鯨論争の内容
①基本的な立場の相違
国際社会での捕鯨問題をめぐる見解の対立は、鯨類資源に関する基本的な立場の相違に基づく。これは捕鯨の一般的な是非論と直結する。
1つめの立場は、原則として持続可能な捕鯨は認められるべきという、保全主義的な立場である。つまり、海洋生物資源としての鯨類は、伝統的に公海自由の原則の下で自由とされてきたが、資源の枯渇問題への対応として無制限な捕獲を制限する国際法規範が生成してきており、持続可能性を包含するそのような規範に従えば捕獲は許される、とする。この主張を実質的に支えるのは、食用も含めて鯨類資源の道具としての価値、食糧安全保障、「鯨文化」の尊重、高次捕食者としての鯨類が他の海洋生物種や海洋生態系全体に与える影響などへの配慮で、ある。ここでは、鯨類を利用可能な海洋生物資源と捉えている。
他方でもう1つの立場は、海産補乳動物である鯨類は他の海洋生物資源とは異なる特別な生物なので、捕鯨は許容されるべきではないという、保存主義的な見方である。すなわち、鯨類は、近年の環境保護に関する法規範の急速な発展により、国際法上もそれ自体の価値をもつものとして保護の対象となるに至った、とする。この立場が依拠する鯨類の価値とは、時代や論者により異なるが、哺乳動物としての高い認知能力、音声コミュニケーション能力、役割分担を伴う高度な社会性、審美性などである。さらに、生物としての鯨類を相対化し、人為を離れて全体として循環し秩序を保つはずの生態系全体を維持する必要性を強調し、捕鯨を否定する見解もある。
②IWCの論点
1 )商業捕鯨の再開
現実の議論では、保全主義的な立場も2つの異なる見解に分かれる。そして、政策論や法律解釈論として主に3つの異なる主張が展開されている。 これは、IWCにおける商業捕鯨の再開の是非に直結する。
まず、保全主義的な立場からの第1の主張は、現時点で捕鯨は正当である、とする。つまり、科学的に資源状況が良好な鯨種については、持続可能な捕鯨ができるので、ICRWに基づき商業捕鯨を認めない理由はないし、RMPのような科学的方式で適切な管理は可能だから、商業捕鯨は認められる、とする。日本ノルウェーアイスランドなど捕鯨国の立場である。
他方で、保全主義的な立場をとりつつ、現時点での捕鯨推進に慎重な見解もある。すなわち、諸国による乱獲の歴史を考慮すると、持続可能な捕鯨は破綻するおそれがある。ICRWは予防的アプローチに言及しないが、今日の国際漁業法環境法の発展を考慮すればICRWはこの原則に従い適用されるべきであり、IWCは、商業捕鯨には慎重になるべきである。国連海洋法条約にもあるように、国際漁業法は海産哺乳動物についてより厳格な規制の余地を認めるので、法政策上の判断としても、これは適切かつ好ましい。いかなる商業捕鯨も、RMPのような科学的方式に基づく国際的な捕鯨監視制度が完全に確立されて初めて認められるべき、と主張する。これは、第Ⅲ期の初め頃における捕鯨反対国の立場である。
なお、「予防的アプローチ」とは、「予防原則」とも呼ばれ、環境法を起源とする1つの考え方である。これは、ある行為から重大な損害の発生が生じる可能性がある場合には、相当因果関係の立証につき科学的な不確実性があるときでも、適切な措置をとる、とする、環境損害の事前予防のアプローチである。1980年代末より環境汚染につき提唱され、90年代以降リオ宣言や多国間環境条約など多くの国際文書が明記する。そして、温暖化防止に関する京都議定書など、個別の条約を通じて具体的に適用されつつある。海洋生物資源の保存と管理についても、90年代から適用が主張され、普遍的な漁業条約では、95年に採択された国連公海漁業協定が初めて明記した。
以上の2つの考え方に対して、保存主義的な立場は、商業捕鯨を全面的に否定する。 つまり、設立以降のIWCの実行や国際環境法の発展を受け、ICRWの目的は、捕鯨産業の利益の確保から鯨類資源の保護に転換した。鯨の捕殺は根本的にこの目的に反するので、IWCは商業捕鯨も含めて一切の捕鯨は認められない、と主張する。オーストラリアなど強硬な反捕鯨国は、とくに90年代以降この立場をとる傾向がある。

2) IWCでの個別論点:サンクチュアリ設定、捕獲調査、ICRW規律対象鯨種の沿岸小型捕鯨
IWCにおける個別の論点は、主に、サンクチュアリ、捕獲調査、およびICRW規律対象鯨種の沿岸小型捕鯨の是非という、3つである。対立の詳細は以下の表の通りである。
表1 IWCでの主な個別論点に関する意見の対立
捕鯨推進国反捕鯨国
捕鯨調査
の実施
●目視捕鯨とともにモラトリアムに基づく包括的資源評価の科学的基礎に不可欠。
●ICRW8条1・2項は締約国のとして捕獲調査を認め、鯨肉処理を義務づける。
●捕獲調査は正当な権利行使であり、鯨肉処理は義務の履行。
●殺害は必要不可欠な場合に限定されるべきで、捕獲調査は不要。
●実施されている捕獲調査の規模はモラトリアムを害する。
●捕獲された個体の鯨肉を売るのは、捕種調査の趣旨に反する。
サンク
チュアリ
の設定
●ICRWの付表改正条件を充たさず違法。
●科学的根拠を欠く (SCでの合意なし)。
●捕鯨者と消費者の利益を考慮していない。
●商業捕鯨モラトリアムがあるので不要。
●十分な多数決で採択され正当
●IWCの実行の蓄積で、ICRWの目的や科学的解釈方法は環境保護に転換した。
沿岸小型
捕鯨の可否
●科学的データから資源状況が頑健とされるミンク鯨の沿岸捕鯨は、捕獲枠を設定して捕鯨を認めるベき。●捕鯨許容は商業捕鯨モラトリアムの趣旨に反する。

(2)国際法上の評価:ICRWの解釈
①商業捕鯨の再開
国際法の解釈論としては、保全主義に基づく第一の主張が妥当である。ICRWの目的は鯨類資源の保存のみならず、捕鯨産業の発展の促進も含む。SCは、現時点で一定海域のミンク鯨など特定の鯨種の資源状況は良好としており、これらについては、科学的に合理性のある持続可能な捕鯨は可能である。したがって、全面的に捕鯨を認めない包括的な商業捕鯨モラトリアムの維持は、ICRWの趣旨に反する。また、IWCの実行の蓄積でICRWの目的や科学的認定のあり方が変化したという主張も、国際法上認められないだろう。条約目的はその条約の本質であり、その変更は正式な手続でのみ可能なはずだからである。ICRWの実施の基礎となる科学的認定のあり方についても同様である。
さらに、ICRWは予防的アプローチに言及しないため、厳格な解釈では、その適用は要求されない。とはいえ、今日の国際漁業法の趨勢から、予防的配慮は好ましいだろう。けれども、予防的アプローチの適用は、必然的に捕鯨の禁止を導くものではない。このアプローチでは、損害の発生防止や削減のための適切な措置とは、必ずしも原因行為の禁止を意味しない、というのが、国際環境法上の一般の理解である。そして、RMPのような科学的管理方式による管理は「適切な措置」といえよう。RMPは、科学的不確実性を十分に考慮した予防的な管理方式として、SC内外で科学的に高い評価を得ている。こうして、適切な科学的方式に基づく商業捕鯨の再開は、予防的アプローチに反しない。
②IWCの個別論点
サンクチュアリ、捕獲調査、およびICRW規律対象鯨種の沿岸小型捕鯨の是非という、IWCの個別論点についても、捕鯨推進国による解釈が妥当である。とりわけ、沿岸捕鯨を行ってきた地域社会や捕鯨者は、商業捕鯨モラトリアムを受けて窮状に陥っている。これを考慮すれば、法政策論としては、資源状況が良好な鯨種については商業捕鯨を認める方向で、IWCの付表を改正することは急務だろう。

4 正当かつ実効的な国際管理制度の再構築に向けて

(1) IWCの機能不全による国際管理制度の形骸化
以上のように、IWCは、ICRWの本来の目的を達成するための条約機関としての機能を十分に果たしておらず、この意味で機能不全に陥っている。こうして、法規範としてのICRWは形骸化しており、実効的な国際管理もなされていない。これは、ICRWの不備~条約改正手続や紛争解決条項の欠如~にもよるだろう。
(2) ICRWの法規範性の回復に向けて
それでは、どうすべきか。政策論としては、やはりICRWの法規範性の回復を模索し続けることだろう。これは、IWCの捕鯨推進国の基本的な立場である。 IWCにとどまり、IWC内外の多様な現実的手法により、IWCの実行を保全主義的な方向に導くアプローチである。つまり、RMPなど科学的に適切な管理方式による捕鯨に向けた合意の途を探ることである。他方で、IWCを離脱するのは、非現実的だろう。アイスランドの経験が物語るように、現状では捕鯨国間の足並みはそろわず、IWCに代わる国際管理機関を創るのは難しいため、国連海洋法条約上の問題が生るからである。
そこで、IWC内外の現実的な多様な手法とは何か。たとえば、条約上の正当な権利に基づく活動として、ノルウェーの商業捕鯨や日本の適正規模・態様での捕獲調査、持続可能な捕鯨支持国のIWCへの新規加盟の促進などがある。また、NAMMCOの実践や、日本が進めている近隣諸国や捕鯨推進国を含む持続可能な漁業支持国との協力関係の推進も、長期的にはプラスとなるだろう。そして、進行中のIWCでの対話を、双方の立場の政治的な妥協を念頭におきつつ進めることが有効だろう。この対話のプロセスは、過去の経緯からも予断を許さないが、長い道のりの1つの突破口として、その成果に期待したい。

おわりに

捕鯨問題は、海洋生物資源の国際管理というより広い文脈で、大きな意味をもっている。科学的不確実性含めた科学的知見への対処と制度設計、さらにはそれをめぐる政治交渉のあり方如何で、持続可能な漁業全体の行く末は危うくなるおそれがある。 その結果として、海洋生物資源の国際管理制度はその正当性と実効性を喪失しかねないことを、捕鯨問題は如実に物語っている。したがって、法的枠組を前提に科学と政治の要因を真正面から捉えた上で、より広い文脈のなかで捕鯨問題を捉え、政策論を展開していく必要があるだろう。
[ 2014/05/01(木) ] カテゴリ: 海洋資源問題 | CM(0)
コメントの投稿










管理者にだけ表示を許可する
このブログについて
管理人 icchou から簡単な説明です 更新,追記の通知はTwitter
カテゴリ
最新記事
ブログ内検索