ポストさんてん日記

放射線・エネルギー・環境・化学物質・食品などの情報をアーカイブとして整理すると同時に、徒然につぶやいています。 リンクはご自由に。

誤解を生む“遺伝毒性”という言葉、リスクコミュニケーションの障害

[ 2014/10/20 (月) ]
科学を離れた一般社会での“遺伝”の意味は、小学生でも知っていますが、次のとおりです。
遺伝:親の形質が遺伝子により子やそれ以後の世代に伝えられること。
広辞苑から部分的に引用

ところが“遺伝毒性”となると、科学(毒性学?)の専門用語で、全く別の意味になってしまいます。この辺りの話しを、易しくかつ背景なども含めて説いた解説(詳細な解説は手に余るので)を探してみたのですが、これは!というものが見つからなかったので、勉強がてら纏めてみます。
個人的に、放射線勉強や化学物質勉強で理解したことの復習も兼ねていますので、少し遠回りの部分もあります。

0.広い意味での遺伝には2つがある

個体間遺伝 (個体から個体への遺伝、上記の広辞苑の説明のこと)
生殖細胞による遺伝。植物などと違って、ヒトでは大きな染色体異常や遺伝子異常があると個体発生ができません(→流産)。

細胞間遺伝 (細胞から細胞への遺伝、これが本エントリーのテーマ)
体細胞による遺伝(=体細胞遺伝)。がん細胞は幹細胞から発生しますが、この初めの段階で起きた異常が細胞が分裂するたびにコピーされ、細胞から細胞に遺伝しながら細胞が増加した結果が腫瘍なのです。

1.遺伝毒性とは、、、遺伝毒性についての誤解

遺伝毒性(genotoxicity)とは
DNAを中心とした遺伝物質に対する毒性の総称であり, DNA損傷から染色体異常, 突然変異までを包含する広い意味で用いられる. DNAを標的としないが, 染色体異常を誘発する場合も, 遺伝毒性の一つと考えられている.
出典:用語の解説(国立医薬品食品衛生研究所)
【参考】 DNA、染色体、遺伝子の違いって何?はこちら

中西準子先生の遺伝毒性についての誤解を引用します。

化学物質の有害性試験項目の中に、遺伝毒性という項目がある。かつては変異原性と言われたものだが、最近になって遺伝毒性と言われるようになった。この名前になってから、この意味について誤解が広がってしまった。
遺伝毒性とは、毒物による障害が本人に留まらず、後に生まれた子孫にも発生させる(その可能性を高める危険のある)毒性である”
という説明をしばしば見る。この定義は正しい部分もあるが、現状での我が国での遺伝毒性試験の使われ方を考えると、間違いと言っていいだろう。
遺伝とあるが、一般的には、親から子に伝わる(経世代的伝達)という意味ではない。遺伝子に変異が起き、それが原因でDNAに変化が起き、RNAにそれが伝わり、通常と異なるタンパク質などが生成されることにより、病気が誘発される有害性を指しているのである。つまり、自分の体の中で悪い性質が伝わること

経世代的な変化
経世代的な変化があるとすれば、それは、生殖細胞の遺伝子に何らかの変化が起きた時である。
REACH(欧州での化学物質規制法)や、GHS(国際的な有害性表示法)で変異原性ありという場合には、人の生殖細胞を使った変異原性試験で陽性だった場合で、我が国の法律での変異原性試験とは異なる。
我が国では、in vitroでは、微生物や動物培養細胞を用いた変異原性試験が用いられている。人の生殖細胞の突然変異と聞くと、催奇形性を想像しがちだが、一般的には、生殖細胞のDNAの突然変異により何らかの病気が伝わることである。
厳密には、催奇形性を否定するものではないが、催奇形性発達障害は、また、それとして試験することになっている。
遺伝ということばがつくと、経世代的な変化を誰もが想像する。これが、間違いを起こしやすいので、何か良い用語はないものだろうか。genotoxicityという用語の誤訳ではないか、遺伝子毒性というべきだと言う専門家もいる。
出典:雑感500-2009.12.8 遺伝毒性についての誤解
【参考】

たとえば、ダイオキシンサリドマイドフタル酸エステル催奇形性生殖毒性で知られてますが遺伝毒性はありませんね。生殖毒性の原因は多岐にわたるので、そのうちの原因として遺伝毒性が関わるということはあります。しかし、生殖毒性と遺伝毒性に何らかの相関が見られるわけではなく、関係無いことが大多数です。催奇形性についても同様です。

出典:「ねこるなのねこねこショウ2009/9/22」  遺伝毒性

2.誤解はリスクコミュニケーションの障害になっている。何とかなりませんかねぇ~遺伝毒性という言葉

畝山智香子先生のコメントです。

この単語(遺伝毒性)が一般の人たちにどういう印象を与えるかまでは考えられていなかったと思う。日本語だと「遺伝」には「遺伝する」hereditaryという意味がどうしても強いのだろう。リスクコミュニケーションに使う言葉、という観点では「遺伝毒性」はあまり良い言葉ではない。だから使うたびに説明するか、あるいは思い切って別の言葉*を使ったほうがいいのかもしれない。

出典:「食品安全情報blog」 2014/10/6  おまけ
* 畝山智香子先生は遺伝子傷害性という言葉を使われています。

【コメント】
遺伝毒性という言葉が原因で、リスクコミュニケーションの障害やリソースを無駄に費やしていたのは事実ですし、デマや風評がはびこる一因にもなっていると思います。
遺伝子毒性遺伝子傷害性に変える効果は大きいのではないでしょうか?
何とかなりませんかねぇ~遺伝毒性という言葉。


ちなみに、環境分野では、すでに遺伝毒性の代わりに遺伝子障害性が使われています。例えば、
2014/4/18 に発表されている中央環境審議会大気・騒音振動部会(第5回)をみれば分かります。

(4) 遺伝子障害性(遺伝子傷害性)
genotoxicity:遺伝子障害とは、遺伝子や染色体等の遺伝情報を担う物質に影響を及ぼす作用のことをいい、そのような作用を引き起こす性質を遺伝子障害性という。
毒性学の分野で一般に使用されている「遺伝毒性」と同義で使用されているが、世代を超えて毒性が遺伝するような誤解を受けやすいことから、本報告では「遺伝子障害性」を用いる(「遺伝子傷害性」の表記が用いられることもある)。
広義の「変異原性」とも同義であるが、最近では「変異原性」は狭義の「遺伝子突然変異原性」の意で用いられることが多くなっている。本報告では、遺伝子障害性の有無と発がん性への関与により発がん性の閾値の有無を判断することとしている。

出典:参考資料10「今後の有害大気汚染物質の健康リスク評価のあり方について」用語集

3項と4項は自分の理解のための基礎知識的なものですので、お急ぎの場合はスルーしていただいても。
3.遺伝毒性と変異原性の違い

遺伝毒性について調べて行くと、すぐに、変異原性との違いの話しに遭遇しますが、違いはわかりにくいです。その原因は、両者の使い分けは時代とともに、あるいは人によって定義が変遷しているためと、現在でも(WHOとかFDAとかなどの)機関や組織によって定義が違うためとのことです。
(「ねこるなのねこねこショウ2009/6/20」 「変異原性」と「遺伝毒性」の違い で詳細説明されています。)

中西準子先生の説明がわかりやすかったです。

化学物質の有害性試験項目の中に、遺伝毒性という項目がある。かつては変異原性と言われたものだが、最近になって遺伝毒性と言われるようになった。

では、なぜ、変異原性ではなく、遺伝毒性というようになったのか。それは、変異原性以外の、遺伝子毒性が測れるようになったからである。こういう式で理解して戴くのが一番早いだろう。
遺伝毒性=変異原性+突然変異ではないDNA損傷やDNA付加対体の生成など

出典:雑感500-2009.12.8 遺伝毒性についての誤解

参考までに、日本環境変異原学会の用語解説から拾い出しました。
日本語は英語の邦訳のようなので、英語を先に表示。
genotoxin *1遺伝毒性物質mutagen変異原
遺伝子突然変異(gene mutation),染色体(chromosome)異常,DNA損傷の誘発物質を全てを意味する.自然突然変異(mutation)よりも高い割合で突然変異を誘発する、物理的・化学的・生物的要因の総称.
変異原が用いられた当初は,遺伝毒性物質と同意であった.
その後,変異原は DNA 損傷性を除く,遺伝子突然変異あるいは染色体異常を誘発する物質に対して用いられている.
最近では,変異原を遺伝子突然変異を誘発する場合に限定して使用することがある.
genotoxicity遺伝毒性
遺伝子毒性
 *2
mutagenicity変異原性
遺伝物質に対する毒性の総称.
最近ではDNA損傷性から突然変異誘発(mutagenesis)性,染色体(chromosome)異常誘発性までを包含する広い意味に用いられている.
一般的には,化学物質による突然変異誘発作用をいう.
しかし最近,遺伝毒性,遺伝子毒性(genotoxicity)よりも限定的に用いられることがあり,その場合には,遺伝子突然変異誘発性をさす.
*1 この項目は原典にはありません。
*2 ここに遺伝子毒性という言葉があります。

この項も基礎知識的なものです。
4.遺伝毒性試験、変異原性試験

個々の化学物質の遺伝毒性や変異原性は試験を実施して判定します。
変異原性試験は遺伝毒性試験の1要素になっています。

代表的な遺伝毒性試験
in vitroとは、“試験管内で”という意味で、細菌などの微生物、培養細胞での試験
in vivoとは、“生体内で(の)”という意味で、マウスなどの実験動物を用いた試験
代表的な遺伝毒性試験
出典:gpt deltaマウス、ラット遺伝子突然変異試験
同じ表が、用語の解説(国立医薬品食品衛生研究所)にあり、そこには、個別の試験内容の解説もあります。

この表でのポイントは、生殖細胞遺伝毒性試験が1要素としてある、ことです。

遺伝毒性の判定は総合的な評価

遺伝毒性試験は、ヒトでの遺伝毒性を生じる物質を検出することを目的として、種々のものが開発されています。文献によれば100以上あるらしいです。遺伝毒性は単一の試験系では十分に評価できないため、複数の試験を組み合わせて評価する戦略が必要になってきます。医薬品や農薬等の申請ではガイドラインを設けて、そのガイドラインに沿った複数の試験が必要とされます。

出典:「ねこるなのねこねこショウ2009/9/22」  遺伝毒性

参考です
5.発がん性と遺伝子毒性

発がん性の話しとの関係まで言及すると、切りが無くなりますので止めますが、本エントリーの作成途中でピックアップした情報の“さわり”だけ紹介します。

かつては、変異原性があれば、発がん性ありだと考えられた時期があったが、今は、それほど単純ではないことが分かっている。 (まだまだ続きますが略)
出典:(前の引用と同じ)雑感500-2009.12.8 遺伝毒性についての誤解

発がん性試験は遺伝毒性試験ではないですね。関連性は深いですが、別の概念でエンドポイントが全然違うし、遺伝毒性があるが発がんしないもの、遺伝毒性があるが発がんが起こるものなどがあります。たとえばダイオキシンは、遺伝毒性が認められない発がん物質ですね。

出典:(前の引用と同じ)「ねこるなのねこねこショウ2009/9/22」  遺伝毒性

発がん物質は、遺伝毒性発がん物質と非遺伝毒性発がん物質に分類される
発がん物質は、遺伝毒性発がん物質と非遺伝毒性発がん物質に分類される
出典:gpt deltaマウス、ラット遺伝子突然変異試験

その他、遺伝毒性遺伝子毒性遺伝子傷害性の話しには、“量・閾値”や“DNAの損傷・修復”、“多段階発がん機構(イニシエーション、プロモーション、プログレッション)”、などがないと片手落ちになりますが、すでにエントリーにしていますので、参照ください。

【一覧】食品中の化学物質の安全性 一覧ページ
放射線によるDNAの損傷・修復(アポトーシス・免疫システムなど、がん化防止のプロセス)
放射線のDNAへの作用(染色体、遺伝子、直接作用と間接作用、電離や励起、活性酸素)

【参考】がんをどう理解したらよいか~発がんメカニズムから考える~(滋賀医科大学 分子診断病理 WEB公開講座)
[ 2014/10/20(月) ] カテゴリ: リスク認知など一般的な | CM(0)
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