ポストさんてん日記

放射線・エネルギー・環境・化学物質・食品などの情報をアーカイブとして整理すると同時に、徒然につぶやいています。 リンクはご自由に。

LNT仮説は予測には使えない、ALARA原則とセットで意味を持つ

[ 2013/09/30 (月) ]
単独化、および、PKAnzug先生のTogetterコメントを追記。2013/9/30
初回公開日:2013/02/04(他エントリーの一部として)


表記について、幾つかの既エントリーで書きましたが、纏め直しておきます。

現在のネット主張の一つにLNT仮説からの将来予想があるようですが

 ネット上ではLNT仮説からの小さな死亡確率人口などの大きな数字を掛けて計算した、将来の被害数を基にして人命重視の施策を行うべきだ、などの主張があるようです。事故当初からあった主張ですが、ECRRとかチェルノブイリ膀胱炎とかの怪しさへの理解が進んだり、LNT仮説の妥当性論議が下火になった為に、再び、ぶり返されているのでしょうか。
 ブログ主はたまたま、化学物質の安全性でリスク定量化の歴史を知って、リスク要因は限りなく多く、科学者が小さなリスクまでを定量化したのはリスク比較による適切なコミュニケーションのためで、採用する施策は個々人の他のリスクとの比較で決める、というふうに理解しているので、上記の主張はリスク定量化の副作用じゃないか、という感覚があります。
リスクの比較のための確率数字には不確実性や誤差が大きいので将来の実害予想には使えない、という説明も中々届かないようです(ブログ主は素直に納得していますが)。“リスク”で考えることに慣れていないためもあるのでしょうか。今回の原発事故による放出だけを特別視したい一部の人達には何を言っても無駄かも知れませんね。

【関連エントリー】“放射線”と“化学物質”と“リスク”についての雑感(元はこの一部でした)

LNT仮説は予測には使えない、ALARA原則とセットで意味を持つ

LNT仮説は予測には使えない 田崎先生の本から
 以下の部分的な引用より、原典の75ページ以降を読んで戴くほうが良いと思います。

75ページ(4.5章)
「公式の考え」を使って、一般の人々への危険がどの程度ありうるかを見積もり、(たとえば、避難するかしないかといった)判断のよりどころにするということだ。
「公式の考え」は、癌による死亡者の増加を科学的に予想するための「計算式」ではないし、まして、個々人が癌で死亡する危険性を見積もるためのものでもないことは理解しておくべきだ。

「公式の考え」には、被曝した人の年齢や体格といった個人的な要素が入っていないことが気になった人も多いだろう。ICRP の「公式の考え」は、あくまで、職業人のための基準を作ったり、放射線がらみの事故の際の大きな方針を決めたりする際に使うものなので、実在の個人ではなく、多くの人を平均した「標準人」(あるいは、「平均的個人」)の癌のリスクを表わしているのだ。

しかし、実際には、被曝の健康影響には大きな個人差があると考えられている。
あるいは、癌の発生にとって重要なDNA の傷を治す能力(4.3 節を見よ)は人によってまちまち。

80ページ(4.6章)
低線量被曝での癌のリスクについての「公式の考え」は、あくまで、そのようにして作った社会的な「目安」であって、癌による死亡率を予測するための科学的な理論ではないということを忘れてはいけない。

自然被曝よりもずっと小さいような極端な低線量については、「公式の考え」の評価はほとんど意味がないとも思うべきだろう。


ALARA 原則 田崎先生の本から

77ページ(4.5章)
ALARA とは、“as low as reasonably achievable” の頭文字を並べたもので、「合理的に達成できる範囲で、できる限り低く」という意味だ。
ICRP としては、「公式の考え」でLNT仮説を採用した以上、どんなに低線量でも放射線被曝は有害だとみなす立場をとることになる。しかし、(自然被曝以外の)被曝をゼロにすることを目標にしてしまうのはおそらくナンセンスだ。
放射線を扱う技術は医療関係も含めていっさい利用できないことになってしまうし、飛行機に乗ることももちろんできない。ほんの少しでも放射性物質に汚染された地域からは人々は避難しなくてはいけないことになる。さすがにそれは無茶だということで、
放射線被曝によって生じうる害と、その他の利益を秤にかけて、上手にバランスさせながら、被曝量をできる限り低くしていこうと考えるのである。
LNT仮説は、ALARA 原則と組み合わせてこそ、実際的な意味を持つことに注意しよう。


【追記】
PKAnzug先生のTogetterコメントから(2013/9)

低線量被曝に関しては、「専門家」と「専門家ヅラをしたい門外漢」は厳格に分けていただきたいキリッ!

昔から「防護の上ではLNTモデルに従ったALARAを採用すべき」で一貫して言い続けています。私が否定するのは「低線量の部分は便宜的に線で繋いだだけの架空モデルであるLNTを過信して、人口の数だけ掛け算した誤差まみれの不正確な数字を喧伝して人心を惑わす行為」です。

不正確な数字を不正確であることを示さずに「こんだけ死ぬぞ」と喧伝することが人心を惑わさないと思っているなら、それは私と考え方があまりにも違う


低線量被ばくによる健康被害を予測するのは悪か?

一応書いておきますが、私が常々嫌っているのは、誤差や意図的に含めた安全マージンが大きくなって精度の低い推定になっているという事実を伏せたままに、誤差などを念頭に置くことに慣れてない人たちに向けて喧伝されることですんで、「研究もすんな」なんて話では当然ないですよ。ただ、研究するならちゃんとした研究を行った上で、研究者としての自分の発言を予備知識のない一般人はどう捉えるかくらいは推定して、無用な恐怖心を煽らないように情報を出すくらいのデリカシーは持て、とも思っています。
まぁ、研究者は基本的に学術雑誌に論文を発表するところまでで、扇情的に情報拡散をするのは大抵別の人なんで、研究した人を責められない場合が多いんですけどね。バズビーみたいのは特殊例(そもそもあれが研究者かはさておき)。


ICRPの説明から (低線量被ばくのリスクからがん死の増加人数を計算することについて(原子力安全委員会事務局2011/9/8))

チェルノブイリ事故によって低線量の放射線を被ばくした集団における影響の絶対数を予測するためにモデルを用いることは、その予測に容認できない不確かさを含むので、行わないと決定した。(UNSCEAR 2008 Report Vol.2, Annex D.)

集団実効線量は疫学的リスク評価の手段として意図されておらず,これをリスク予測に使用することは不適切である。長期間にわたる非常に低い個人線量を加算することも不適切であり,特に,ごく微量の個人線量からなる集団実効線量に基づいてがん死亡数を計算することは避けるべきである。(ICRP Publication 103 P13 (K))

疫学的研究の手段として集団実効線量を用いることは意図されておらず,リスク予測にこの線量を用いるのは不適切である。その理由は,(例えばLNT モデルを適用した時に)集団実効線量の計算に内在する仮定が大きな生物学的及び統計学的不確実性を秘めているためである。特に,大集団に対する微量の被ばくがもたらす集団実効線量に基づくそのような計算は,意図されたことがなく,生物学的にも統計学的にも非常に不確かであり,推定値が本来の文脈を離れて引用されるという繰り返されるべきでないような多くの警告が予想される。このような計算はこの防護量の誤った使用法である。



関連エントリー

LNT仮説ほか、放射線の“確率的影響”を巡る諸説のまとめメモ
1 Sv、100 mSvの被ばくで、がんによる死亡者数は何人?(統計学の勉強)

【メモ】Open ブログ 2013/1014 確率と統計(疫学・放射線)
[ 2013/09/30(月) ] カテゴリ: 放射線,放射性物質の勉強 | CM(0)
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