ポストさんてん日記

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【続01】発送電分離の経緯・過去の取り組み、総合資源エネルギー調査会、村田成二・事務次官

[ 2011/05/25 (水) ]
5月19日投稿の記事 発送電分離の背景、経緯、過去の取り組み にあった総合資源エネルギー調査会と経済産業省(旧通商産業省)の元事務次官、村田成二さんについて調べてみた。

少々長くなるが、4点の資料を引用する。

1.[第4回] 経産官僚が仕掛けた電力改革 「発送電分離」は時を経て蘇るのか(朝日新聞)GLOBE 2011年3月19日(小森敦司 編集委員)

【部分的に引用】

 日本列島を9地域に分割し、それぞれの電力会社が発電から送電、配電(小売り)までを独占する。このシステムを根本から変えようとした官僚がいた。経済産業省(旧通商産業省)の元事務次官、村田成二だ。

 90年代のバブル崩壊と景気低迷を背景に、割高な電気代への批判も産業界に出始めた。ところが、「電力側は自己変革しない。その兆しさえなかった」と、村田に仕えたエネ庁の元幹部は振り返る。
 「9電力体制」こそが「現代の幕藩体制」であり、このままでは「高い電気代」で日本の競争力が損なわれる。そう考えた村田とその部下たちは電力制度改革に着手する。

 村田は改革の本丸を「発送電分離」と見定めた。電力会社から送電線網を切り離し、新規の発電事業者にも公平に送電線を使わせることが、必要な条件整備と考えた。

 既に、94年に公益事業部長となった村田は、約30年にわたり誰も手をつけられず、「不磨の大典」と言われた電気事業法の改正を95年に実現、まず電力会社に電力を売る「卸」発電事業者の設立解禁にこぎつけた。

 官房長になった97年、今度は電力の小売り部門の自由化を仕掛ける。00年3月には、電力の大口需要家向けの小売りを、商社や鉄鋼など新規参入者に解禁した。

 そして01年11月、総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)の分科会で、家庭まで含めた小売り自由化の議論を始める。自由化の実を上げるため、発送電分離にまで踏み込むかが焦点だった。
 分科会メンバーだった大学教授は振り返る。「経産省からは『発送電分離でいく』という決意がひしひしと伝わってきた」。当時の公益事業部幹部も「発送電分離につながる電気事業法の改正案の骨格をいろいろ書いた」と認める。

 これに、東京電力社長の南直哉は02年4月、家庭まで含めた自由化までは受け入れを表明するが、「責任ある発送電一貫のシステムが日本において役割を果たしている」と述べ、発送電分離を拒否する姿勢は崩さなかった。電力業界は自由化が進んだ米カリフォルニア州で01年に起きた大停電の例を使って、電力の「安定供給」には発送電一体が必要とPRに努めた。

 電力業界との緊張が高まりつつあるなか、村田は02年7月、経産省(01年通産省から改称)の事務次官に就いた。直後の8月、大事件が発生する。東電が長期にわたり原子力発電所のトラブルを隠していたことが発覚したのだ。

 経産相・平沼赳夫は30日の記者会見で「言語道断。自浄作用を発揮することを強く求める」と経営陣の退任を迫った。東電のは9月2日午後、「全く弁解の余地はない」と苦渋の表情で陳謝し、相談役の平岩をはじめ歴代トップ4人の退任を発表する。

「一貫体制」は崩せず
 東電の怒りは激しかった。「トラブル隠しは発覚のずっと前から経産省と相談し、調査にも協力してきたのに、独り悪者にされた」(幹部)からだ。
 電力業界は経産省への巻き返しに出る。京都議定書が求める二酸化炭素排出抑制のため経産省が導入を進めていた石炭への新たな課税制度を、発送電分離に対する「人質」に取ったのだ。

 舞台となった自民党エネルギー総合政策小委員会の委員長は、後の経産相で電力族として知られた甘利明、事務局長は東電副社長を経て参院議員になった加納時男だった。自民党議員が「十分議論されていない」といって強硬に反対した。

 村田らは、石炭課税制度の導入を優先することを決め、発送電分離の主張を弱める。温暖化対策は待ったなしだが、電力制度改革はいずれまたできる、との判断だった。02年11月を境に自民党内の反対は沈静化した。

 12月には、総合資源エネルギー調査会の分科会も、「発電から小売りまで一貫した体制の存続」と明記した答申案をまとめる。発送電分離はあと一歩で頓挫した。

 豪腕と言われた村田は、次官を2年務めた04年夏に役所を離れる。村田に近い官僚は主流から外れ、省内の電力改革への熱気は薄れた。



2. 衆議院議員 江田けんじさんのブログ 日々是好日 発送電分離による電力の再編・自由化・・潰されてきた歴史あり 2011年5月18日

【全文引用】

 発電と送電を分離し、九電力体制の再編・自由化に踏みこめば、一気にエネルギー需給構造だけでなく、この国を再生する特効薬にもなる。

 担当の旧通産省内で、そうした議論が盛り上がった時期が幾度かあった。しかし、そうした若手改革派官僚の情熱的な問題提起も、政治的圧力で悉く頓挫してきた歴史があるのだ。

 特に、10年ほど前は、かなり実現可能性のある議論だった。しかし、最後は、その推進していたはずの幹部までが「命あっての改革。自分の命は自分で守れ」と部下に言って潰えた。

 かく言う私も、まだペイペイの若手官僚の頃(20代半ば)、資源エネルギー庁公益事業部計画課という所で電力行政に携わったことがある。もう30年も前の話だ。
 その当時も「電気事業法にさわると首が飛ぶぞ、電気事業法を改正するだけで九電力体制の再編の繋がるから無理だ、やれば資源エネルギー庁長官の首が飛ぶ」と言われた覚えがある。



3.電力自由化:電力会社は発送電分離阻止に安堵 毎日新聞2002 年12月27 日

【部分的に引用】

 電力各社は、今回の電力自由化論議で「発電」と「送電」の分離(発送分離)が見送られたことに胸をなでおろしている。当初、欧米並みに自由化を進めるには「電力会社の発電部門と送電部門を切り離さないと、新規参入者が支払う託送料金の透明性が図れない」と推進派は主張。

 しかし、発送分離は電力会社の分社化につながるため、各社とも「一体運用でなければ安定供給に支障が出る」などと反論し、結果的に電力会社は現状の体制を維持することに成功した。
 発送分離という電力会社にとって「最大の危機」を乗り越えたことで、電力会社は将来的に全面自由化が進んだとしても「安定供給を確保しながら、新規参入者と競争できる」と、自信を見せている。 【川口雅浩】



4.「発送電分離」は風前の灯 日経BPnet 2003年8月27日

【部分的に引用】

 ニューヨークなど米国東部やカナダを襲った大規模停電が日本にも余波を与えている。今回の停電を教訓として、電力の規制緩和の進展に疑問を呈する声が上がっているのだ。
 急速な規制緩和を望まない電力会社などからは、「発送電分離」こそ諸悪の根源との声が上がっているのだ。

 日本の電力規制緩和というと、2000年に大口需要家を対象に始まった販売自由化が一般によく知られている。こちらは今後も段階的に拡大し、2005年には電力量の約60%が自由化される。
 だが、電力会社が最も危惧するのはむしろ、発送電分離が日本にも導入されることだ。

 電力自由化を主導する経済産業省も表向きは「電力会社の発送電一貫体制の堅持」で一致している。経済産業相の諮問機関、総合資源エネルギー調査会電気事業分科会が昨年末にまとめた制度改革骨格案でもその方針が確認された。
 半面、その分科会で発送電分離問題が最大の焦点になったことからも分かるように、経産省内には分離論がまだ根強く残っている。何よりも、村田成二・事務次官が分離推進派の筆頭と見られている。

 「発送電の分離問題は昨年末の段階(分科会の答申作成)で区切りがついたと思っている」。東電の荒木浩顧問(前会長)は本誌取材にこう答えた。電力会社の首脳の中では自由化に前向きとされる荒木氏でさえ、「発送電の分離には無理がある」と反発する。
 電力会社には、手間とコストがかかる送電事業を押しつけられ、うまみのある発電事業は新規参入業者に開放されるのはかなわないという不信感があるためだ。



つぶやき

4つの資料から見えた経緯は、次のとおりである。

 2002年の総合資源エネルギー調査会で村田成二・事務次官は、発送電分離を進めようとした。

 しかし、電力会社の強引なロビー活動で断念した。
(カリフォルニア州で01年に起きた大停電も影響)

 断念に至る経緯は、1項の資料と2項の資料ではニュアンスは異なる。どちらが実態に近いか定かでないが、10年前の出来事ゆえ、まだ、関係者も真実を明らかにできないのだろう。

 その後も、分離論は残っていたが、2003年8月のニューヨークなど米国東部やカナダを襲った大規模停電などの影響でしぼんでしまった。

 村田成二・事務次官は2004年6月に退官した。
(現在はNEDOの理事長)

 昔(といっても10年ほど前だが)は、城山三郎の小説「官僚たちの夏」を彷彿とさせる官僚がいたんだ。

 過去に、官庁で発送電分離がキチント検討されたと言う事実は結構、重要だ。今後、実現に向けて動き出す時には、それをベースに使えるし、検討のスピードアップも可能だと思うので。

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[ 2011/05/25(水) ] カテゴリ: エネルギー政策,発送電分離 | CM(0)
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