ポストさんてん日記

放射線・エネルギー・環境・化学物質・食品などの情報をアーカイブとして整理すると同時に、徒然につぶやいています。 リンクはご自由に。

【5】実質安全量:VSD (閾値がない化学物質)

[ 2013/01/15 (火) ]
 前号の【4】一日摂取許容量:ADI 、許容残留量:MRLでは、閾値がある化学物質の安全性基準を説明しましたが、今回は閾値がない化学物質についての国際的安全性基準を紹介します。

デラニー条項の問題点

デラニー条項

 最初に登場するのが、1958 年に施行された米国の「連邦食品・医薬品・化粧品法」のデラニー条項である。(1996年に廃止された)
ヒトや動物に発癌性を示す食品添加物は安全とは見なさないとする考え方

「当然のことではないか」と思う方が大半だと思うが、それ以降、この考え方を適用する際に、様々な問題点が生じてきた。
 【1】 “はじめに” および “用量・反応関係”で言及したように低濃度での影響を調べることはできない。また、標的となる臓器によっては、閾値があることも知られ、発癌物質の低濃度における影響を判断することは難しいことが判ってきた。

天然の発癌物質:亜硝酸ナトリウム、ベンツピレン、アミノ酸加熱分解物

 他方、天然の発癌物質について様々な知見が集積されてきた。
 1957年にノルウェーで起きた牛や羊の多量死事故の原因が1964年に解明され、防腐剤として魚粉に添加された亜硝酸ナトリウムが、魚粉の成分であるジメチルアミンと反応して、ジメチル・ニトロソ・アミンが生成された結果であった。この事実は、魚と野菜の組み合わせによっても起き得ることを意味しており、普通に食べる食品が発癌物質に変わることから世界に大きな衝撃を与えた。

 また、1960年代に炭焼きビフテキから8μg/Kgのベンツピレンが検出され、この古典的発癌物質は有機物の高温過熱によって生じ得ることが判明した。(ベンゾピレンとする資料も多い。

 さらに、1977年に日本の国立がんセンターから、焼き魚の焦げに強力な突然変異原性のあることが報告され、アミノ酸が高温過熱されることでこの活性が発現することが判った。アミノ酸加熱分解物*の脅威は分かったが、秋刀魚を美味しくいただくには、多少の焦げ目が付かないといけない。その後、生野菜がアミノ酸加熱分解物の突然変異原性を低くすることが解明され、多少の焦げ目が付いた秋刀魚を大根下ろしと一緒に食べる古来の食習慣に感心したものである。
*ヘテロサイクリックアミン(HCA、複素環式芳香族アミン)「食品中に含まれるヘテロサイクリックアミンの 安全性評価情報に関する調査」報告書2010/3
HCAは、タンパク質及びアミノ酸を多く含む食品を150℃ 以上の温度で調理したとき生成し、これまでに20種以上のHCA類の存在が確認されている。国際がん研究機関(IARC )では、このうちの10種に発がん性があるとしている。

天然の発癌物質:アフラトキシン

 さて、代表的な発癌物質であるアフラトキシンは、熱帯地方に広く分布する真菌(カビ)Aspergillus flavus(アスペルギルス・フラバス)が産生するが、これが見つかったのは、デラニー条項施行後の1960年にイギリスで起きた七面鳥の大量死であった。餌に加えられた落花生粕A. flavusが着生し、毒物を産生していたのである。致死活性は、ボツリヌス毒より遥かに低いものの急性中毒事件があり、その後、動物実験において発癌性のあることが判明し、疫学的にもヒトの肝癌の原因となっていることが確認された。タイ、フィリピン、南アフリカ、ケニヤなどで、肝ガン発生率とアフラトキシン摂取量との間に関連性があるとの疫学調査の結果が報告されている。
アフラトキシンの推定摂取量と原発性肝がん発生率との関係

 食品添加物や農薬のような人工産物についてはデラニー条項を適用することはできても、天然物について適用するとほとんど全ての食料が該当してしまうことにならざるを得ない。たとえば、世界最強の発癌物質であるアフラトキシンが、様々な食品を汚染していることが明らかになり、日本でも198年ごろにピーナッツや乳製品等の輸入食品の汚染*が問題となった。微量でもアフラトキシンが検出された食品を廃棄処分とすると、高度汚染が知られている落花生やナッツ類だけでなく、トウモロコシ等の穀類も該当し、A. flavusが分布する熱帯および亜熱帯地域では飢餓が更に拡大する。米国南部も毎年のように、旱魃等による影響でA. flavusが繁茂し、トウモロコシ生産に深刻な問題を投げかけてきた。* 検出はすべて輸入食品であり国産品からは検出されていない

 古典的発癌物質ベンツピレンは有機物の燃焼によって発生し、焚き火等でできたものが土壌中に含まれており、全ての農産物が汚染されている。
ベンツピレン含有量
          ppb=千分の一ppm=0.001ppm、詳細はこちら

 一切の発癌物質を拒否する<勇気>がありますか? 言い換えると、餓死する<勇気>がありますか? こうした事実が次々に明らかになり、デラニー条項で定めたゼロ・リスクを天然物に適用することは不可能であり、むしろ、健康増進に逆行する結果を招くとされるようになった。

 FAO(国際連合食糧農業機関)は、「食品の品質と安全性システム(Food Quality and Safety Systems)」の中で
危害を減らすこととリスクを減らすことの関係を理解することは、適切な食品の安全性制御を発展させる上でとくに重要である。不幸なことに、食品について『ゼロ・リスク』のような事態はありえない(その他の何についても言えることだが)
と記載している。

閾値がない化学物質の基準の一つ、実質安全量(VSD: Virtually Safe Dose)

 下図は、米国の食品安全リスク解析情報センター(Food Safety Risk Analysis Clearinghouse)に掲示されている『アフラトキシンのリスク査定:<レッド・ブック>モデル教材(Aflatoxin Risk Assessment “Red Book” Model Exercise)』の1枚である。
世界の科学者が、発癌物質の低濃度領域における影響を推定するために努力してきた。数々の数理モデルが作成されているが、飽くまでも推定の世界であり、それを実証することは、現在採用している基準が、過度の発癌に繋がらなかったという歴史的経験を積み重ねることによってしか達成されない。

用量―反応の直線的内挿
 (アフラトキシンのリスク査定(5) にこの図の詳細説明がありますが、チョット難解です)

 さて、低濃度領域における影響をどの程度許容できるのかということが、閾値がない化学物質の安全性に関する主要問題であることがお判りだと思うが、自然界における発癌物質の存在によって生じる影響程度を許容すること以外に道はない。微量のアフラトキシンベンツピレンを拒否したら、餓死する道しか残されていないのだから・・・。こうした認識に立って、低濃度領域における用量―反応の数理モデルから、一生涯食べても“100万人に一人(10-6)の影響”しか見られない濃度を、実質安全量(VSD: Virtually Safe Dose)とすることになった。
 この考え方は、放射線障害防止基準におけるバックグラウンドの考え方と共通する。我々が普通に生活していても、天空から降り注ぐ宇宙線や土壌中の放射性物質によって微量の被爆を受けている。これによって、低い確率ではあるがDNA障害が引き起こされている。
 自然界には健康に悪影響を及ぼす危害因子が無数に潜んでいて、人間が制御できないことから、それらのリスク水準は許容するしかないというのが実質安全量である。ナチュラル思考が広がっているが、こうした考え方を受け入れられますか?

“100万人に一人(10-6)の影響” について
 10万人に一人(10-5とする説明も多くあります。次号で補足します。


出典(個別に明記してある部分以外)

岡本教授の【分かりやすい安全性の考え方】
 実質安全量(1)
 アフラトキシンのリスク査定(2)
 アフラトキシンのリスク査定(4)
 アフラトキシンのリスク査定(5)

次号:【6】耐容一日摂取量:TDI (閾値がない化学物質)

以下は、アフラトキシン、ベンゾピレンについての詳細情報です

アフラトキシンカビ毒についての詳細

★食品安全委員会の「かび毒(総アフラトキシン)の、リスク評価を行いました」が結構、纏まっています。
★東京都福祉保健局の「カビ毒Q&A」もお勧めです。カビ毒は調理で除去できない、などの説明もあります。
★以下は、岡本教授の資料からの引用です。

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【追記】
ベンゾピレン(BaP)、PAHsについては「FOOCOM.NET」に不定期連載されている田中伸幸氏の『調理と化学物質、ナゾに迫る』が参考になります。
以下、古い順

★2012/5/7 外の空気より家の中の空気が汚い? 調理排気のリスクとは
調理排気の中にはヒトの健康に悪影響を及ぼしうる物質が含まれていることも事実なのです。この中に、筆者が関心を持つ多環芳香族炭化水素(PAHs)という成分があります。
多環芳香族炭化水素(PAHs:Polycyclic Aromatic Hydrocarbons)とは複数のベンゼン環が縮重合してできる物質の総称で、炭素を含む材料の不完全燃焼によって生成します。
実はPAHsは、大気科学の分野では数十年も前から研究の対象となってきた物質です。というのも、産業革命以降、石炭や石油などを大量に(不完全)燃焼させることで多くのPAHsが生成して、大気中に放出されてきた歴史があるからです。例えば、かつての大英帝国では煙突掃除が盛んに行われていました。煙突掃除の作業員は肺がんにかかる率が有意に高いことが確認されていますが、その一因がPAHsなのです。不完全燃焼により生じるすすには多くのPAHsが濃縮しており、これを吸入した作業員の肺には、発がん物質であるPAHsが蓄積されます。これが肺がんを引き起こしたと考えられます。
【参考】
食品安全委員会のファクトシート
農水省の食品安全に関するリスクプロファイルシート(検討会用,2012/5/14)

★2012/5/29 脂質の多い食材を加熱調理するとPAHsが発生する
加熱調理によるPAHsの主要な発生源が食材中の脂質である。
ベンゼン環が5つ合わさったベンゾ[a]ピレン(BaP)はPAHsの中でも最も発がん性が高い物質の一つとされています。
この表にある毒性当量係数(TEF:Toxic Equivalency Factor)とは、ベンゾ[a]ピレンの毒性を1としたときの、それぞれの物質の相対的な毒性を指す。
       表1 主要なPAHsとその毒性等量係数
   表1 主要なPSHsとその毒性等量係数

★2012/7/11 直火調理によりPAHsの発生量は飛躍的に増大する
炎が直接、食材に触れる加熱方法では、PAHsの発生量が飛躍的に増大する。
温度の違いが、生成するPAHsの組成に影響を及ぼしたものと考えられる。
直火調理は発生するPAHsの量、毒性のどちらも大幅に増大すると言える。

★2012/8/9 調理排気を吸い続けた場合のリスクは?
1996年の環境庁中央環境審議会が、有害大気汚染物質については生涯リスクを10-5(10万分の1)以下とすることを当面の目標にすると答申しています。これは、ある物質を吸入することによってがんを発症する人が、10万人に1人以下となるようにしなさい、という意味です。
毎日6時間、生涯吸い続けると、含有するPAHsにより、サンマ直火焼きで10万人に4.3人がんを発症すると推計されたわけです。
サンマ直火焼きのリスクレベルは、我が国における自動車交通量の多い道路の近傍(10-5~10-4程度)とほぼ同じレベルです。つまり、日頃から直火調理に従事する調理者は、長時間、自動車排ガスに曝露されているのと同程度のリスクを負っていると言えます。
しかし、だからと言って直火調理はやめるべきだとは思いません。というのも、この推計は職業曝露を仮定しており、1日に6時間もの調理を生涯にわたって続けるという前提に基づいたものだからです。

★2013/1/31 調理排気の中に含まれるPAHsはどの程度体内に取り込まれるのか?(1)
最も単純なPAHsであるナフタレン(ベンゼン環が2つ縮重合したもの)は防虫剤として使われており、ご存じのとおり室温では白色の固体です。しかし、つんとする匂いからもわかるように、その一部は揮発して気体になります。
一般に分子量の大きなPAHsほど固体として存在する可能性が高いのです。このようにPAHsは室温では大部分が固体である一方、割合としては小さいながら気体としても存在するのです。
ところで、PAHsの大部分は室温で固体として存在するといっても、調理排気中や環境大気中でPAHsの細かい粉末がふわふわ浮いているわけではありません。大気中のPAHsは、すすや無機物質などの細かい粒子に付着する形で存在しているのです。
今から十数年前に、当時の石原慎太郎都知事がディーゼル排ガス規制のための条例を作りましたが、このとき石原知事が透明容器に入った真っ黒なすすを手にして記者会見をしていたことをご記憶の方もおられるでしょう。これは粒子状物質(PM:particulate matter)であり、この粒子にはPAHsも吸着しています。

★2013/2/26 調理排気の中に含まれるPAHsはどの程度体内に取り込まれるのか(2)
★2013/3/7 PM2.5は食品に影響を及ぼすのか?
★「国立環境研究所ニュース28巻4号」2009/10 【環境問題基礎知識】微粒子に付着した多環芳香族炭化水素と越境大気汚染
転記
[ 2013/01/15(火) ] カテゴリ: 栄養学?や基礎的な事 | CM(0)
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